ハロプロ新グループ・OCHA NORMA 斉藤円香&広本瑠璃&石栗奏美&米村姫良々 長かった下積みを経て「ようやくスタートラインに」
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OCHA NORMA (左から)斉藤円香、広本瑠璃、石栗奏美、米村姫良々
――研修生時代は、定期公演や先輩のコンサートへの帯同、各自でプロデュースしたパフォーマンスを投票で表彰する年に1度の「春の公開実力診断テスト」などを通して、パフォーマンス力の向上に努めていたと思います。それぞれが研修生時代に学んだことは何ですか?
斉藤:シンプルですけど、歌って踊ることです。ハロー!プロジェクトへ入る前も、自宅では趣味で歌って踊っていましたけど、歌は歌、踊りは踊りと分けてやっていたし、研修生へ加入したときは何もできなかったんです。定期公演などを通して歌や踊りを本格的に経験するようになったし、先輩方のステージを見て学ぶことも多かったです。
OCHA NORMA リーダー・斉藤円香
広本:パフォーマンス面では、歌ですね。家族の中では小さい頃から「音痴」として有名で、音程を取ることに苦手意識があったんです。出身地の広島県で通っていた芸能スクールのレッスンで少しずつ克服していましたけど、研修生へ加入してから、より本格的なレッスンを経験するようになって。定期公演のリハーサルで「こういう風に声を出したらいいよ」と歌のポイントを教えてもらったりして、歌のコツを少しずつ理解できるようになりました。
OCHA NORMA サブリーダー・広本瑠璃
石栗:ハロプロ研修生北海道では、東京へ行く機会が年に1度の「春の公開実力診断テスト」ぐらいしかなかったんです。でも、北海道の定期公演もあったし、レギュラーのラジオ番組(『ハロプロ研修生北海道のHello! リアル☆スクール』)へ出演させていただき、東京の研修生の子たちと異なる活動をさせていただいた経験は今も生きているなと思います。
ハロプロ研修生北海道は、自分たちで歌のフォーメーションを考えるときも多かったんです。ハロプロ研修生ユニット時代に出演したアイドルフェスや対バンイベントで、リハーサルもなくぶっつけ本番でステージへ上がったときは、自分たちでMCなどを考える必要があったので、経験を生かせました。また、ハロプロ研修生北海道の“リーダー的役割”として結成当初、グループを引っ張ってくれた稲場(愛香)さん(カントリー・ガールズ・Juice=Juiceの元メンバー。5月30日にハロー!プロジェクトを卒業)に学んだこともたくさんあります。いつか、人間として尊敬する稲場さんのような先輩になりたいです。
OCHA NORMA 石栗奏美
米村:研修生時代はつらいことや大変なことが多くて、メンタルが鍛えられたのは大きかったです。加入当時は小学5年生だったので礼儀も分からず、スタッフさんに「こんにちは!」とあいさつしたら「おはようございますでしょ!」と指摘されたり(笑)。ハロプロ研修生ユニットの結成直後に4人だった時代も、当初から「デビュー」とは聞いていましたが、OCHA NORMAの結成まではどんな形でデビューできるかも分からず、ステージへ立ちながらも未来が見えない不安がありました。
メジャーデビュー決定後、今ではうれしいお仕事もたくさんいただけるようになりました。これからの人生では、研修生時代以上につらいと感じることはないかなと思いますし、いろんな苦労はありましたけどありがたみを感じています。
OCHA NORMA 米村姫良々
石栗:ハロプロ研修生ユニット時代は先輩グループとハロプロ研修生の間にいる1.5軍のような感覚で、自分たちの立ち位置も分からず、どこへ向かうのかが見えなかったんです。特に初期の斉藤、米村、窪田、私の4人は、同じ不安を抱えながらもずっと戦ってきたので、強い絆を感じています。